furachiなふたり(跡静+忍足)

あいつがお嬢さんに夢中になってるのは知ってたで?
 鈍感な子やから、ストレートに攻めていかな気づいてもらわれへんってことも。
 せやけど――。
 学園祭一日目。昼を過ぎた頃やったろうか。跡部が隣にうちの優秀で可愛い運営委員――広瀬さんを連れて、俺らの店にやってきよった。
「順調か?」
「まぁ、ぼちぼちやな」
 様子見がてら、見せつけに来たんかいな。
 しかし、なんや。広瀬さんちょっと怯えとる気がするんやけど。
 まぁ、予想は大体つくけどな……隣のヤツがまるっきり気にしてへんようやし(しかも、さりげなく広瀬さんの背中押して、自分とこに近づけさせとる。もしかして、それもあっちへの見せつけ……やったりするんか?)。
 俺が言ったところで助けらへん。けどなぁ……。
 と、広瀬さんの心配をしていたら。
「忍足、二つくれ。付けとけよ」
 二つ、ちゅうことは……跡部、自分もたこ焼き食うんかい。
 ああ、そういやこの前広瀬さんとのデートでお好み焼き食べたって言うてたな。
「何言うとんねん。俺のおごりでええわ。ほれ」
「ああ」
 出来上がったばかりの物を選んで渡す。
 しかしこいつ、どうやって食べるんか分かってるんか?
「おい、これはどうやって食べるんだ? まさか、手づかみじゃないよな」
 やっぱりかい……。手づかみなんてしたら火傷するで。できたてほやほやの、あっつあつやねんからな。
「えっと、この楊枝を使います」
「ああ、なるほどな」
 俺の代わりに広瀬さんが答える。広瀬さんも跡部が常識知らずなところを充分理解してるんやろうな。その顔には驚きも呆れもなかった。
 熱いから気を付けて、と彼女の忠告を受け、跡部はそろりと口に放り込んだ。
 咀嚼して飲み込んで数秒後。跡部はにやりと笑ってこう言った。
「悪くねぇ味だな」
 跡部の「悪くない」は褒めてるようなもんちゅうことは知っとる。
 って、当たり前やん。俺が作ったんやで? なんて口は挟まない。
 そこら辺の空気は読む男やからな。適当にたこ焼きでも焼いとこ。
 そろそろ二人もどっかへ行くやろうし。
 そう思ってたら。
「そうですか、良かったです。じゃあ、私も……」
「待て」
 自分の分に手をつけようとした広瀬さんに跡部の制止の声がかかる。彼女の右腕を引いて、さっきとは違う笑みをこぼした。
 それは何かを企んでる瞳。いや、獲物を狙う鋭い眼光と言った方がええやろか。
 って……お、おい。まさか跡部……。
「俺が食わせてやる」
「…………え」
 ホンマ、期待裏切らんやっちゃ……って思ってる場合やあらへんで、俺。あ、あかん跡部……!
 見てみぃ、広瀬さんあまりの爆弾発言に固まっとるで。
 つまり、跡部は所謂「あーん」をやってみたいらしい。いやいや、気持ちは分かるで? (でも、それって女の子の方からやって欲しいことちゃうか?)けどな、今の状況とか雰囲気とか彼女の気持ちとか、色々考えなあかんことあるやろ……!
 今まで彼女は、隣のバカでかい喫茶店の行列からの視線に必死で耐えてきてたんや。今しようとしてることは、そんな広瀬さんに跡部、自分が止めを刺すようなもんやで。止めたれ……!
 つうか、こんな店の前でいちゃつかんといてくれ。頼むから……!
 俺がどうやって止めようか悩んでる間にも「なんだ、嫌なのか」「そ、そういうわけじゃ」「なら、さっさと口開けろ」「あ、あの……」と二人の押し問答が目の前で繰り広げられていた。
 しかし、「早くしねぇと冷めるぞ」と跡部が(ほぼ強引に)広瀬さんの口を開けさせたことにより、その決着は着いてしもうて。
 その瞬間、隣の方からざわめいた気配を感じた。
(あー……)
「……………………」
「どうだ?」
「……お、美味しいです」
「そうか」
 満足したような跡部の微笑みとは打って変わって、お嬢さんの引き吊った笑顔に心が痛む。
 すまん、広瀬さん……。早く止めとけば良かったな……。
 しかし正直、味なんて分かるはずないやろ。周りからの妬み羨みの視線の中での羞恥プレイ。新たなイジメかいな。
 何処にいても、周りからの注目を浴びることは変わらんけど……一刻も早く此処から立ち去ってもらった方が(広瀬さんにとっても俺にとっても)ええやろ。
 意を決して口を開いた。
「……なぁ、跡部」
「ん? なんだ」
「取り込み中のとこ悪いけどな」
「あーん?」
 じろりと睨まれる。
 分かってんなら口を挟むな、ちゅうんやろ。
 けど、ここはちゃんと言うとかなあかん。
「店ん前でそういうことすんの、止めてくれ」
 客が引く、と言うたら跡部はちっ、と舌打ちして、けれども「行くぞ」と広瀬さんを連れていった。

 *****

「ふぅ……」
 思わず溜め息がこぼれる。
 いや、別に俺は何もしてないで? あの二人の会話聞いてただけや。でも、ものごっつい疲れてもうたわ。
 しかし日吉や岳人が店番の時やのうて、良かった……んかな。
 あ、そやけどあの二人ならあんな行為見せつけられる前にさっさと追い出すに決まっとる。……ん? あれ、やったら俺だけアホみたいやん。ツッコむタイミング完全に見失ってたって……関西人として最悪やわ。はぁ……。
 騒ぎを起こした張本人(と被害者)がいなくなっても、暫くこちらに注がれる好奇の視線は消えへんかった。
 そんな嫌な空気に俺の気分が上昇することは勿論なく、休憩から帰ってきた岳人らに周りの微妙な雰囲気と俺のテンション、二重の意味で「なんかあったのか?」と訊かれる羽目になってもうた。
 他人のことを考えない、俺様本位のヤツ。今回のことだってホント、ようやるわと思う。広瀬さんが困りきってたこと、分かってへんことなかったはずやろうのに。
 けれど、いつだって相手の価値観の中に入ろうとはせえへんかったあの跡部が、広瀬さんに近付こうとしてる。
 それは跡部が広瀬さんのことを本気で好きやっちゅうことで。なら、応援するべきかな、と思う。
 さっきのことも、あいつなりの恋の駆け引きみたいなもんやろ。あれぐらいせんと、広瀬さんはこっちの気持ちに気付かんやろうってことは分かる。
 ……まぁ、かなり強引かつ一歩間違えれば引かれるやり方やけどな。
 あれ以上、爆弾を投げ込むような行為はせんやろうけど……いや、あいつのことやから何かしでかしそうや。
 ああ、今から考えても恐ろしい。
 悪い予感が当たらないことを祈りつつ、二人(と俺ら)の行く末が明るいことを願った。
 ――そんな儚い切望が、最終日のキャンプファイヤーで見事に打ち砕かれてしまうのを俺はまだ知らんかった……。

title by : にやり