ゆびきりの呪文(金太郎×静)

「いーやーやー!」
 合同学園祭は無事終了し、特別ゲストで大阪から来ていた四天宝寺生達も本日帰る。
 見送りの中には、当の学園祭で気持ちを通じ合わせた金太郎と静の姿もあった。
 ――しかし。
「き、金太郎くん……」
「こら、金ちゃん! 広瀬さん離したり」
 駅の前。公衆の目前。白石達は行き交う人の中、それらの視線を一斉に集めていた。
 付き合ってられないと、部員らは先にホームへ行ってしまい、その場に残っているのは当人達と白石だけである。
「いやや! ワイ、ねーちゃんと離れたぁない!」
「ワガママ言ったらあかん!」
 学園祭の終わりとともに離ればなれになることを嫌がり、金太郎は静に必死にしがみついている。
 四天宝寺の部長であり、金太郎をコントロールできる白石がなんとか説得しようとするも、段々と声を荒げる始末だ。
 恋する気持ちを知って大人の階段を一つ昇ったかと思えば、まだまだワガママで自分本意なところは健在らしい。
 確かに金太郎の心が分からないわけではないが、どうにもならないし、何より現に静を困らせている。
 これはまたあの手を使わなんとアカンかな……と、白石が左腕の包帯に手を伸ばした瞬間。
「いーやーやー!」
「はぁ……金ちゃ――」
「っ、痛……っ」
「広瀬さん?」
「ねーちゃん!?」
 声が大きくなるにつれて、彼女を抱き締める力も無意識に強くなっていったのだろう。
 それまでなされるがままになっていた静が小さく悲鳴を上げる。
「だ、大丈夫か?! ねーちゃん!」
「あ、うん。大丈夫だよ。あのね、金太郎く……」
「ホンマか? ワイがぎゅーってし過ぎたんやろ?! ホンマに大丈夫なんか?」
「う、うん。ちょっと痛かっただけだから。それよりも、金太郎くん……」
「ごめんな、ねーちゃん! ワイのこと嫌いにならんといてー!」
 大人しくなったかと思えば、またぎゃーぎゃー騒ぎ出す金太郎の耳には、静の優しく諭そうとする言葉が聞こえないようだった。
 困った視線を投げ掛けられて、白石は苦笑を漏らしながら金太郎の頭をぽん、と叩いた。
「――金ちゃん、大人しゅうしい」
「け、けど! ワイ、ねーちゃんのこと傷つけてもーた!」
「金太郎くん。私は本当に平気だよ」
「ホンマか? な、ならええんやけど……」
「あかん。全然良くないで、金ちゃん」
「えっ?」
「さっきからずっと広瀬さん、何か言おうとしてたんや。
ちゃんと聞いてあげな、嫌われてまうで。なぁ、広瀬さん?」
 相槌を求められて、静はその通りに従う。
 この流れに乗らないと、金太郎も白石も新幹線に乗り遅れかけないことに気付いたのだ。
「え……っと、そう、ですね……」
「!!」
「金ちゃんはそれでもいいんか?」
「っ、いやや!!」
「なら、黙って聞いたり」
 白石の言葉に頷いて、こちらを真っ直ぐ見つめる金太郎に、静も視線を合わせてゆっくりと言い聞かせる。
「金太郎くん、今日は帰らなくちゃダメだよ」
「な、なんでそないなこと言うん……? ねーちゃんは、ワイと離れても寂しくないんかっ?」
「そんなことないよ。私も金太郎くんと別れるのは寂しいよ……。
でも、今日でずっとお別れじゃないよね? また逢ってくれるよね?」
 そう問いかけると、金太郎は勢いよく首を振った。
「あ、当たり前や!」
「なら、今日は笑顔でバイバイしよう? 次、逢う時を楽しみに思って、ね?」
「ねーちゃん……。……うん、そやな」
「私も近い内に大阪に行くから」
「ホンマか?!」
「全国大会もちゃんと応援しに行くよ」
「絶対に、絶対にやで?」
「ふふ、うん。約束するよ」
「なら、ワイは全国大会でねーちゃんにかっこいいトコ見せたるっ!」
 さっきとは打って変わってにこにこ笑顔の金太郎に、静は微笑みながらすっと小指を彼の前で立てた。
「じゃあ、ゆびきりげんまんしよっか?」
「ゆびきりげんまん……って、あの……」
「嘘ついたら針千本飲ーますってやつだよ」
「は、針千本……っ」
「それでも約束してくれる?」
「も、勿論やっ! ワイは絶対約束破らん!」
「そっか。金太郎くんのかっこいい姿、楽しみにしてるね」
「ねーちゃんも絶対に約束破ったらアカンでー!」
「うん、じゃあゆびきりげんまんね」
「おお!」
「「ゆーびきーりげーんまん、嘘ついたら針せーん本、飲ーます! 指切った!」」

 あれほどまでに静の元から離れるのを嫌がっていた金太郎は、指切りをした後、すぐに新幹線に乗った。
 彼女との約束をきっちり守る為に、一刻も早く大阪に帰って強いヤツを倒したいようだ。
 愛しい彼女と絡めた小指一つで、猛獣のようなゴンタクレの機嫌も気持ちも操れるらしい。
 ――静の一言や表情の変化で、金太郎の心は揺り動かされるのかと考えたら、ある意味、恋というのは恐ろしいものなのかもしれない。
 白石がこっそり息を吐いたことを、金太郎が知ることは、恐らくこの先もないだろう――。

title by : 幸福