親愛なるあなたへ

 U―17合宿。割り当てられた寮部屋の一室で同室の皆が眠りに就いている中、机の灯りを頼りにリョーマは紙とにらめっこしていた。罫線のみが並んでいる、シンプルな白い便箋。自分では持ち合わせていなかったそれは、クラウザーから頂いたものだ。
 そしてその横にはピンク色の便りが三枚ほど重ねて置かれている。
 ――先日、堀尾が合宿所内に現れて様々な物を差し入れに来た。その中の一つがこの手紙である。可愛らしく、だけどきっちりとした字で書かれた「リョーマくんへ」の宛名。差出人の名前は見ずともすぐに分かった。恋人である広瀬静からだ。
 合宿にはマネージャーである静は同行しなかったらしい。アメリカへ渡っていたリョーマはそのことを知らされずに合宿にやって来た為、静の不在を知って少し寂しく思っていたところだった。……だからと言って、練習に手を抜くなんてことはしないリョーマだが。
 それでも封筒を受け取った瞬間、静への想いが込み上げてきた。からかわれるのを承知でその場で封筒を開く。励ましながらも、知らぬ場所でラケットを握る恋人への心配がひしひしと感じ取れる文章に、案の定周りにいた先輩達に小突かれてしまう。
「返事してやれよ」と言ったのは、桃城だっただろうか。
「……時間ができたら」とぶっきらぼうに返しつつ、折らないように手紙をそっと握りしめた。

 あれから一週間。桃城への返事は咄嗟に出て来た捻くれた言葉だったのだが、実際毎日バタバタと忙しなく、ようやく今日机に向かうことができたのだ。
 しかしいざ手紙の返事を書こうと思っても、なかなか言葉が出てこない。静からの手紙を読み返して、悩んで、やっとペンを取ったと思えば、また悩んで。そうこうしている内に、一時間程は経過しただろうか。
(……こういうの、苦手だった)
 そこでああ、と自分が筆不精だったことをリョーマは今更ながら思い出す。アメリカにいた時も、メッセージカードを贈ったことなんて滅多にないのだ。急に手紙を書くなんて、なかなかに難易度が高い。いくら恋人相手でも。――いや、恋人相手だからこそ。
 正直に言えば、手紙を送ってくれた感謝も、文面に書かれていたことに対する返事も、電話一本で済ますことだってできる。リョーマがアメリカに渡っていた時だって、実際そうしてお互いの現状を伝えてきた。
 ちらり、と携帯へ視線を移す。まだ日付は変わっていない。同じ日本だから、時差を気にする必要もない。もし静が出られなかったとしてもその時はまた改めて電話をかけ直せばいいはずだ。愛しい彼女の声を聴きたいというのも、リョーマの本音だった。
(……だけど)
 ――だけど、そうしたくないと思った。静が形にして届けてくれた気持ちには、少なくとも同じ形で返したかった。違う形でならまたそれに合わせて、まるでラリーを打ち合うかのように。
 張り合っていると言われれば、確かにそうなのだろうとも思う。年の差では、リョーマはずっと静には勝てないままなのだ。
 だからせめて愛し方では対等でいたいと、リョーマは願ってしまう。

 ――元気かな? 体調崩してないですか? なんて、先輩達もいるからきっと大丈夫だよね。
 でもやっぱり心配です。心配し過ぎ、ってリョーマくんは呆れるかな。
 近くでは見守れないけれど、ずっと応援してるよ。大会も皆と観に行くね。
 どうか、リョーマくんにとって素晴らしい時間になりますように。――

 便箋を手に取り、一字一句しっかりと読み直す。同じ形とは言え、不器用な自分が紡ぐ言葉は彼女が込めたそれには到底敵わない気がする。
 それでも、リョーマはもう一度ペンを握るのだった。