残念ながらとっくに完敗

久しぶりのデートは、インドアデート。誰にも邪魔されない自室で、会話を交わし、触れ合ったり……のんびりと恋人同士の時間を過ごす――予定だった。

「あ、ウソ、ちょっ……」
 静の肩が強張り、コントローラーを握る手に力が入る。制止しても意味がないとは分かっていても、つい声を出してしまうのは彼女のクセだろうか。
 頻繁に声が上がる隣と彼女が釘付けになっている目の前、交互に視線を送りながら、リョーマはなんてことなくボタンを押した。
 その後軽快な音楽が流れ、テレビ画面に文字が現れる。「1Pの勝利」というそれがリョーマの操作するキャラクターのガッツポーズと共に。
「また負けちゃった……」
 テレビ画面を呆然と見つめながら、静は力なく両手を床に下ろす。
「まだまだだね」
 対してリョーマはコントローラーを離し、側に置いていたグラスへ手を伸ばした。好物の炭酸である程度喉を潤してから、肩を落とす恋人へお得意の科白を放ってやる。
「コテンパンにしてくれるんじゃなかったっけ?」
「う……」
 間をおかず、以前言われた言葉そのままに問い返せば、彼女は唇を引き結んだ。

 事の発端はリョーマの自室に通された静が、テレビの前に置かれていたゲームソフトに目を止めたことだった。
 静が越前宅を訪れたのは約1時間前。遊びに来ないか、と3日前にリョーマの方から誘った。勿論、大好きな恋人と甘い時間を過ごす為である。
 全国大会を優勝で飾った後も、何かと慌ただしかったテニス部。部活に明け暮れる日々に不満はないし、テニス三昧な毎日を楽しんでいるのも事実。しかし、それでもリョーマだって健全な中学1年生。付き合い始めたばかりのこの時期、可愛い恋人と一緒にいたいと考えるのは当然の心理だろう。
 そんなこんなで迎えた今日。静はそれを手にして「ゲームで対戦したい」と提案してきたのだ。
 突然の提案にリョーマは首を傾げる。けれど静には勿論、そしてリョーマにもそれは決して唐突なものではなかった。
 学園祭の準備期間中に交わした約束。本物のテニスでリョーマに勝つ見込みは到底ないけれど、ゲームでならと静の方から勝負を持ちかけたこと。それに対して、リョーマは了承の返事を返したこと。
 静はあの時の約束を果たしたいと言ってきていた。あの日と同じように目を輝かせて。そして今日のリョーマにも誘いを断る理由はなかった。少々予定とは異なるが、静と2人きりの時間を過ごせるのには違いなかったからだ。
 ――そうして、ゲーム勝負は始まったのである。

 あの時の静は余程自信があるのか、「コテンパンにしてあげる」と宣言までしてきた。だからどれほどの腕前なのか――内心楽しみにしながら、ゲーム機の電源を入れて、コントローラーを握りしめたのだけど……。
「言ってた程強くないっスね」
 というか、はっきり言って弱い。
 来てから1時間弱、ずっと続けて全敗とは。最初よりはいい勝負になってきているけれど、負かされるという危機感は今のところない。この展開は妥当な、しかしある意味裏切られた結果だ。
「り、リョーマくんが強すぎるのよ」
 負け惜しみにも聞こえる静の反論に、まぁそりゃあ……、と声にせずに答える。
 発売日から暇があればプレイしていたのだ。それにこういう類のゲームはお手の物。遊びはするものの、頻繁にプレイしないという静とはそもそも年季が違う。
「ねぇ、そろそろ疲れてきたんじゃない? 一旦休憩しようよ」
「わ、私はまだ」
 大丈夫、と続くのは分かっていた。
「っていうか、俺の方が疲れたッス」
 単調なCPU対戦よりかは楽しめたが、実力が均衡していない相手との対戦も、時間が長いと流石に苦痛になってしまう。相手が静だからという1点が、それを感じさせないでくれているけれど。
 でも、もうそろそろいいだろう。
「じゃ、じゃあ少し休んでから、もう1回だけ」
 はっきり言えば、静も諦めてくれるーーと思いきや。簡単には折れてくれないらしい。彼女がこんなにも頑固とは、思ってもいなかった。
「静先輩……意外と負けず嫌いっスね」
 自分のことは棚に上げておいて、驚いてみせる。静本来の本質なのか、それとも誰かの影響だろうか。
「だって私の方から勝負挑んだくせに、ここまで負け続きだと悔しいもの」
 その気持ちは分からなくもないけれど。
「たかがゲームじゃん」
「そうだけど……でもやっぱりリョーマくんに勝ちたいの。ゲームでもいいから、というかゲームでしか勝てないと思うし」
「……」
「だからあと1回だけ、お願い! …………ダメ?」
 恋人にそんな風にお願いされて、断れるわけがなかった。
「……仕方ないっスね。じゃ、あと1回だけ」
「うん!」
「まぁ、そのゲームでも勝てる見込みなさそうだけど」
「もうっ、最後の一言は余計です!」
 頬を膨らませながらもコントローラーを握り直す恋人に倣って、リョーマも置いていたそれを手にもつ。
(……俺が先輩に負けてばっかなの、知るわけないか)
 どんどん大きくなる静への気持ちに、どれだけ苦労しているかなんて。
 真剣にテレビ画面を見つめる静の横顔に、リョーマはひっそりと苦笑を漏らすのだった。