欲張りのハッピーエンド

ある日。いつもの帰り道。なんてことのない、些細な理由でリョーマくんと喧嘩をした。今までだって、歯に衣着せぬ彼の口振りに心が 波立つこともあったけど、気まずい雰囲気のまま別れてしまったのは今回が初めてだ。
 ついムキになった私に対して「そこが子供っぽいんだって」と言い放ったリョーマくんの態度に、ますます怒りが込み上げた。
 改めて考えてみれば、お互い少し余裕がなかったのかもしれない。普段ならもう、ってちょっと口を尖らせるだけで終わっていたはずなのに。
『相変わらずだよね。その子供っぽいところ、直したら?』
 年上なら年上らしく。そう言ってある時はからかったり、またある時は忠告してくれたリョーマくん。
 一見は辛辣な言葉。けれど音に乗せられたそれは、とても温かく愛しい響きだったから――こういう部分を含めて、私を好きになってくれた。あの日以来、聞くことはなかったけど、今でもそうなんだと自惚れていたのかもしれない。
 だから売り言葉に買い言葉だったとしても、彼に告げられた言葉は胸を刺した。

 *****

 翌日の日曜日は、携帯が鳴らずに1日が過ぎていった。メールで一言謝れたら、と思う半面、文面でのやり取りは少し素っ気ない気がしたし、彼からの返事が来なかったらと考えると怖い。
 なにより悶々と悩んでいる内に、私の中に小さな願望とある想像が芽を出していて――その誘惑に流されるまま、謝罪の内容を書いたメールを未送信フォルダに移動させていた。
「……静先輩」
 そして迎えた月曜日。1日ぶりに私へ掛けられた声には、彼特有の生意気さの影はなかった。
 おずおず、といった印象を受けたのは私の気のせいだろうか。 振り向いた先に立っていたリョーマくんは、視線をどこに置こうか悩んでいて、一瞬しか目が合わなかった。そんな彼の様子を見て胸が苦しくなると同時に、珍しい姿を愛しく思い始めてしまっている自分がいて、視線が交わらないことがもどかしくなる。
「あのさ……ごめん、この前はちょっと言い過ぎた」
 声量は彼らしくない大きさだったけど、私の耳にはしっかりと届いた。
 次は私の番。ただ一言「私の方こそ、ごめんね」と素直になれば、きっと2人とも笑顔に戻れる。
 元は些細な喧嘩。意地を張る方が間違ってる――でも。
(謝罪じゃなくて、「好き」って言って欲しいよ……)
 そんな願望を口にしたら、彼はどんな反応をするだろう。子供っぽいって呆れるかな。全然反省してないってまた怒るかな。
 昨日、携帯を握りしめながら考えていた。私を幼いと表現するのは、リョーマくん1人だけだということ。それが意味するのは――私の「子供っぽさ」が出るのは、彼の前だけなんじゃないかということ。
 自分の推測が事実であることを願い、同時に彼が受け入れてくれることを信じて問いかけた。
「……1つ、聞いてもいい?」
「なに?」
「私のこと……好き?」
 意地悪で幼稚な質問に、彼は不意を付かれたように頬を染めた。いきなり何を、と訊ね返すリョーマくんに、表情を固くさせたまま答えを促す。
(ねぇ、リョーマくん。私、君にしか見せられないよ。こんな我儘言えないよ、きっと)
 だから教えて欲しい。ちゃんと答えて欲しい。敢えて声に出さずに訴える。一心に見つめる私から逃れられないと悟ったのか、リョーマくんはやがてゆっくりと口を開いた。
「……、……好きっスよ。そういうこと聞いてくるところも、全部。あの時から何も変わってない」
 はぐらかされたら、喧嘩続行しちゃおうかな。なんて、開き直りつつあった私の意地は、あっけなく崩されてしまうから。
 無表情を装おうと張りつめていた顔も心も、あっけなく緩んでいく。
「何で笑ってんの」
 しまりのない顔をしてるのは自覚していて、案の定、リョーマくんから冷たい突っ込みを貰ってしまう。理由なんて1つしかないのに、と思いながら反論した。
「だって、嬉しいから……」
「……単純」
「リョーマくんの言う通り、私子供っぽいもの」
 あっさり肯定してみせると、リョーマくんは黙ってしまう。その沈黙の間、見せたのは、まるで私の言葉にほっとしたような表情。
 刹那。それはすぐに消え、今までの不満をぶつけるかのように、彼が一息にまくし立てた。
「この前と言ってること違うじゃん。ていうかさっきまで怒ってたくせに、もう機嫌なおったわけ? ころころ変わりすぎ。……ホント、先輩って子供」
 言葉を挟む暇もなくて、早口で喋る彼の声を、その姿をしっかり見つめるしかなかった。だからだろうか。リョーマくんの態度の裏側にある真実が、なんとなく読み取れてしまった。
 照れ隠しと安堵――あの時と似たやり取りをしているのに、喧嘩していたことなんて嘘みたいな穏やかな雰囲気に、私も同じものを感じていたから――。
「リョーマくん」名前を呼んで、目を覗き込む。視線は逸らされなかった。
 次は、今度こそ、私の番だ。
「ごめんね……私もムキになってたの。生意気な口調も、子供扱いするところも、本当は大好きよ。
ね……仲直り、してくれる?」
「……もう、してる」
 私の告白と申し出を受けて、リョーマくんは今更だと言うように小さく微笑んだ。今日初めて見る笑顔に、相槌を打って笑い返す。
 たまにはこんな日があってもいいのかもしれない――大好きな人と笑い合えることの大切さ、そしてそれを実感できるのは2人が隣にいるからこその幸せだと教えてくれたのだから。

title by:cera cera