あまい君のあまい誘惑

手を繋いで、キスをして。
 その行為の度に頬を染める先輩。いつまで経っても慣れてない様子が先輩らしくて、可愛いなんて思う時もあった。
 だけど今日は――。
「あのね……。今日は、リョーマくんのすきにして、いいよ」
 たどたどしく受け入れた唇を恥ずかしげに離したかと思うと、静先輩はとんでもない台詞を口にした。
 予想外過ぎるそれに、俺の思考が一瞬飛んで、は? となんとも間抜けな声を出してしまう。
 久々の再会に無邪気に喜んでいた表情とか、相変わらず子供っぽい趣味だとか。さっきまで見ていた先輩からは想像できない言葉だ。
 日本とアメリカ。まだ子供の俺達には遠い、遠すぎる距離と時間が、静先輩を変えたのか。
 考えるとそれは、嬉しいような、寂しいような、少し複雑な感じだった。
「だ、だから、その……」
 俺の漏らした声に、我に返ったらしい。さっきの威勢はどこに行ったのやら、先輩はいつものように顔を赤くして視線を外す。
 今までの日々が先輩の意識を変えた。もしそうだとしても、やっぱり根本的なところは同じなんだと実感する。
 少しの変化も、不変の部分。どっちも愛しくて、口元に笑みを浮かべて返事を返した。
「――りょーかい」
 その言葉、後で後悔しても知らないよ――心の中で呟くだけにする。忠告なんてしてあげない。
 遠く離れていた分、好きな相手の温度を体と心で覚えておきたい。そう望むのは、俺も一緒だから。
 同じ思いで重なり合える喜びを体温に乗せて、指をそっと絡め取った。

title by : 寡黙