お互いの体温に触れ、熱を分かち合った後。疲労が限界に達したのか、倒れるように先輩がベッドに沈み込んだ。
「リョーマくんの……いじわる……」
恨めしそうな声は先程の行為の代償なのか、少し掠れている。
また無理させすぎたみたいだ。謝罪の代わりに頬を流れる涙を拭ってあげる。すると先輩は恥ずかしそうに目を伏せた。
そうしている内に、先輩が自分の手で目をこすり始める。
「眠たいの?」そう問いかけると、案の定頷いた。
普段は俺が先に眠ってしまうけど、この時ばかりは逆転する。体力の問題もあるんだろう。
とは言え、ほとんどは俺が原因だってことは十分分かってる。先輩には悪いなとは反省するけど、やっぱり簡単に抑えられるものでもない。
明日のことを心配して「リョーマくんも早く寝なきゃ……」とうつろうつろな状態で口を開く先輩。その姿を見ると、このまま寝かせてあげたいと思う。
でも、あと少しだけ我慢してもらわなきゃならない。
身を少しだけ起こして、うつ伏せで横たわる先輩の髪を左右に掻き分けた。視界に映ったのは白いうなじ。ひんやりとした室内の空気が肌を刺激したのか、先輩はゆっくり瞼を開く。
「リョーマ、くん……?」
名前を呼ばれても聞こえない振りして、そこに唇を寄せる。俺の行動をいよいよ怪しいと思った先輩が頭を動かす――けれど、それよりも先に強く吸い上げた。
「んっ……!?」
途端、聞こえたのは小さな悲鳴。そして制止する声。でも今は全部無視。
耳に届いたそれらが俺を止めることはできなくて、寧ろ征服心が大きくなるだけだった。 身を捩って抵抗する先輩を尻目に、暫くしてから口を離す。再び見たその場所には、くっきりと赤い跡がついていた。肌が弱いって言ってたから、本当に長いこと残りそう。
「……な、何したの?」
解放した瞬間、先輩は慌てて布団から起き上がる。首に手をやりながら訝しげに見つめてくるから、口端を上げてこう言った。
「キスマーク」
「えっ……?」
「暫く消えないと思うから、髪上げない方がいいと思うよ」
「っ!!」
さらっと言ってのけると、先輩は顔を真っ赤にして絶句する。けれどすぐに困惑と怒りが混じったWhyが、先輩の口からひっきりなしに飛び出した。
どうして、なんで、恥ずかしいよ、困るよ。
最後の方はもう文句だった。この様子だと、先輩自身で疑問の答えを探し当てるのは無理そうだ。当たり前と言えば当たり前だけど。
例えば部活中、先輩の動きに合わせて揺れる栗色のしっぽによく視線が奪われるから。
例えば部の後輩に髪型を褒められて、先輩が嬉しそうに笑い返したから。
理由はそんな些細なことだから、鈍感な先輩が気付くわけがない。
嫉妬。独占欲。
言葉にしたら笑われそうで、だけど隠しておくには心はまだ幼くて。きっと先輩は打ち明けたら首を傾げるけど、笑って受け入れてくれるんだろう。
そうだとしても、そんなの男として格好悪いし、なにより先輩の困った顔も可愛いと思ってしまうから質が悪い。
答えをはぐらかす俺に、やがて先輩は口を尖らせながら呟いた。
「……リョーマくんが好きだって言うから、ポニーテールにしてたのに……」
その言葉に、声に出さずに答える。
(知ってる)
――知ってるよ、先輩。
俺がそれを要求して以来、少しずつ見る機会が増えていたこと。指摘すると恥ずかしそうに笑うこと。
その行動はまるで親に褒められたい、構ってもらいたいという一心で、同じことを繰り返す小さな子供みたいだ。
でも、今日はそれを笑うことはできなかった。
そんなことしなくても、俺の気持ちが変わることはないのに、とか。
俺の為だって言うなら、他の奴の目に触れさせないでよ、とか。
伝えたいことは沢山あるのに、素直に口にすることができない俺の方が、まだまだ子供だから。
title by : 寡黙