幼い愛を受け取って

部活を追え、夕暮れに染まる帰路を並んで歩くリョーマと静。それはいつも通りの光景。
 しかし、二人の間に流れる雰囲気だけは違っていた。
「いつまで怒ってるつもりなんスか?」
「……怒ってないよ」
 投げかけた質問に返ってきた声音はやや低い。言葉とは裏腹に、静から感じるものは決して穏やかじゃなかった。
 だから原因を聞きだそうとしているのだが――先ほどからただ繰り返されるだけの会話に、苛立ちが募る。
「怒ってるじゃん」
 とうとう痺れを切らして、強引に静の手を引く。向かい合わせになる二人。だが、静は変わらず「怒ってない」と反論したが、その表情はむくれていてリョーマは息を吐いた。
 何が怒ってない、だ。
「俺が何かしたなら言ってよ」
「別にリョーマくんがどうってわけじゃなくて……」
「じゃあ、なんでそんな顔してんの?」
「……」
 ようやく展開したと思いきや、また沈黙が走る。しかし先程と違って、もごもごと口を動かしながら静はちらりとリョーマを伺い始める。その視線の中には、察してほしいような、気付いてほしくないような、複雑な感情が見え隠れしていた。
「言ってくれないと、分からないっスよ」
 なんだか情けないような気もするが、それは事実だった。そして、ふと彼は学園祭準備でのある出来事を思い出す。勝手に嫉妬した挙句、何も言わずに部屋を飛び出した自分。あれじゃ、静に「手塚に焼きもちを妬いた」と伝わるわけも無い。
 密かに反省していると、静が小さく呟いた。
「私が勝手に思っただけだもの……」
「何を?」
「部活の時……リョーマくんに差し入れしてた女の子、いたでしょ?」
 そこまで聞いて、リョーマは「ああ……」と声を漏らす。静の「思ったこと」が分かってしまったのだ。何故ならそれは、もう何度も感じている感情だから。
 それでも静の口から聞いてしまいたいと思うのは、いつもは妬く側の立場だからだろう。
 心に広がる優越感で上がりそうになる口元を抑えて、リョーマは訊ねる。
「それで?」
「それで、その…………やきもち、妬いたの」
 語尾に近づくにつれて声は小さくなり、やがて静は顔も俯かせた。
「俺、貰ってないけど?」
「そ、それは知ってるけど、でも……嫌だったの」
 リョーマの返答に、むっとしたように静は声を上げる。
 分かっていても、気持ちを抑えることはできない――そのことを充分すぎるほど理解しているリョーマは堪えきれず、笑いをこぼした。
「もう……どうせ私は子供っぽいよ……」
「別にそうは言ってないじゃん」
 自分が笑われたと思った彼女は、自棄になったのか開き直ってしまう。
 慌てて取り繕うも笑った仕返しだと言わんばかりに、静はそっぽを向いた。その行為すらも子供じみていることに、彼女は気付いていない。
 指摘したら最後。静の機嫌を完全に損ねてしまうのは、火を見るより明らかだ。
「あのさ、」リョーマは悩んだ末にそっと囁く。
「俺は、先輩の物しかいらないから」
 その言葉は、静の不安を取り除くには充分だった。やがて笑顔を浮かべた彼女の手に、リョーマはゆっくりと指を絡める。
 静にとってこの時間は、心苦しいだけだったかもしれない。けれどむくれた顔も不安気に揺れる瞳も、自分を強く想ってくれたからこそのものだとすれば、リョーマは愛しさを感じずにはいられなかった。
 ――嫉妬してくれて、嬉しかった。
 そう伝えたら、静はどういった反応を見せるだろう。真剣だったのにと怒るだろうか、意味が分からないと首を傾げるだろうか。どちらにしても、彼は優しく微笑むだけだ。

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