はぁ、と一つ息を吐く。それはまだ視界に見えないが、吹いてきた風に思わず身震いしてしまい、もうすっかり冬なのだとリョーマは実感した。
隣には同じように突風に身を縮こませる恋人。視線を感じたらしい、静はこちらを向いて苦笑する。
「急に寒くなったね」
「ん……」
「あれ、もしかしてリョーマくんって寒いの苦手?」
「……別に」
首に巻くマフラーに顔を寄せるように俯いて答える。そんな彼の様子を見て何か勘違いしたのか、静は小さく笑った。
「じゃあ……プレゼントは防寒物の方がいいのかなぁ」
「……何?」
「あっ、なんでもない」
ぼそりと呟かれた言葉を拾って、リョーマは視線をあげた。瞬間、慌てて静は首を振るが、そうしてる時点で「なんでもない」ことはないと証明してるようなものだった。
つい先程笑われた仕返しに丁度いい。彼の口元が笑みの形を作る。
「プレゼントって?」
「し、知らない」
「へぇ。先輩は自分の言ったこと、すぐ忘れるんだ」
「そ、そんなことないよ!」
「じゃあ、プレゼントって何?」
「う……」
口達者なリョーマに静が敵うはずもなかった。暫く悩む様子を見せたが、結局静は語り始めた。
「……リョーマくんの誕生日……もうすぐでしょ?」
「ああ……うん」
そういえば、と思い出す。12月24日は確かにリョーマの誕生日だ。だが静とそういう話をした覚えはない。一体誰から聞いたんだろうという謎が一瞬湧き上がるが、それもすぐに彼の中で決着がつく。厚い眼鏡レンズの奥で不適に笑う人の姿が彼の中でありありと浮かんできた。
「ずっと考えてたんだけど……いいプレゼントが思い浮かばなくて」
そんな時にさっきのリョーマを見て、防寒物にしようかと考えたらしい。それはいいが、思わず言葉にしてしまう辺りはなんとも間抜けだ。時々、静はこういう――感情や思ったことを無意識に外に漏らしてしまう――ことをする。
自分の気持ちをあまり出さないリョーマとは正反対であり、だからこそ静のそんなところも可愛いと思う。
「ねぇ、リョーマくん。もうこの際だから聞いちゃうけど……プレゼント、何が欲しい?」
プレゼントは開けてからのお楽しみ。だからその瞬間まで、何が入っているのかを知られてしまっては面白くない。だが、その考えや計画も渡す本人に聞かれてしまったらもう意味がなかった。
ならばリョーマの口から直接希望を聞こう。恋人の為に悩んだり、サプライズで驚かせたかったという未練はあるけれど、一番大切な、喜んでくれる物をあげたいという気持ちに変わりはないのだ。静は落ち込むのを止めて、思考を方向転換させた。
質問に「……ニンテンドー」とリョーマが言いかけると、静は途端に青い顔になる。
「リョーマくんの欲しいものはなるべくあげたいけど、それは……」
「予算オーバー?」
「…………うん」
小さな声で頷く彼女に、リョーマはふっと息を吐いた。
「冗談っスよ」
「もう……」
またからかわれた、と静の頬が彼女の不満を表すように膨らむ。
子供っぽいな、とお決まりのことを考えていた時だ。冷えた空気のせいでいつもより白く凍えている彼女の肌が目に留まる。リョーマは右手を上げ、そして。
「ひゃっ!?」
その左頬に当てた。途端に短い悲鳴が上がる。
手袋を忘れてきた為にリョーマの両手は外音よりも冷たくなっていて、静はその冷たさに驚きでびくりと肩を揺らした。
「24日は予定、空けてくれてるんだよね?」
「それは、リョーマくんの誕生日だもの。勿論空けてるけど……」
突然何するのと怒る静の問いから逃げるようにリョーマも訊ねる。律儀な静から返ってきた返答に、彼は満足気に微笑んだ。
「じゃあ、それでいいよ」
「えっ?」
「プレゼント」
さっきまでの怒りはどこへやら。話の繋がりを見失ってしまった静は、不思議そうに首を傾げて立ち止まる。そんな彼女に構わずリョーマは帰路を進み続けた。
「それってどういう……」
「だから、それだけでいいってこと」
「い、意味が分からないよ!」
会話にもリョーマの歩く速度にもついていけない静は思わず声を張る。泣きそうな声色だ。
リョーマは振り返って、こちらを困った表情で見つめてくる彼女の姿に一つ溜め息をつく。それは決して、重たいものを吐き出すような行為ではなかった。
これから言おうとしていることを頭の中で繰り返しながら、踵を返す。一瞬、羞恥心がリョーマを躊躇わせるが、彼女からの視線に含まれている問いかけに答えるように、ゆっくりと口を開いた。
「……先輩が、俺の誕生日祝ってくれるだけでいいっスよ」
「え……?」
「だから、プレゼントは別にいらない」
今までテニス以外に、ましてや誰かに熱情を注ぐことはなかった。ボールをひたすら追い駆けて、強くなりたいとがむしゃらだった日々が自分にとって当たり前のものだと確信していたから。
そんなリョーマに、テニスや高みを目指す同士達に向ける気持ちとはまた違う感情を、静は教えてくれた。そして今、彼女は自分の生まれた日を祝いたいと思ってくれてる。傍にいたいと願ってくれてる。これ以上価値のあるプレゼントなんて、あるだろうか。
リョーマは不器用に言葉を紡いだ。正直言って、足りていない。しかし心を全て見せることはできなくて、だからこれぐらいでいいのだと思った。例え、静に己の真意が伝わらずとも、今はいいと思ったのだ。
我ながら、らしくない。自虐の笑みが零れそうだった。しかし自分の心に嘘はつけなかった。
リョーマの科白を聞き終え、静は彼の思いを汲み取ろうと暫し考え込んだ。数分の沈黙が2人の間に流れる。
「あのね、」
先に沈黙を破ったのは静の方だった。
それと同時に彼女の手がリョーマの手を掴まえる。ぎゅっ、と握りしめられると冷気によって感覚を失いかけているそれに、柔らかい温もりがじんわりと染みこんでくるようだった。
「でも私は……リョーマくんにプレゼントあげたいよ」
「先輩……」
「リョーマくんの言葉はすごく嬉しいけど、でも、それだけじゃ私はいやだよ。だって、もっともっと喜んで欲しいもの……!」
思いを伝える声はか細く、道を吹き抜ける強風に攫われてしまいかねない。それでもリョーマの耳に、心にはしっかりと届いた。
繋がれた手に力を込める。溢れてくる愛しさを、伝えきれない想いを握り返した手に代弁してもらうように。
「……強情っスね」
端から聞いたら呆れているような発言。けれど、声には隠し切れない嬉しさが滲み出ている。そうだよ、と拗ね気味に反論する彼女もまた、優しく微笑んでいた。
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