甘酸っぱさにとろける

「到着、と……。あ、そうだ」
 付き合い始めてからの、最初のデート。昨晩、それを取り付ける為にかかっててきた電話の彼の声が耳から消えなくて、充分に眠ることができなかった。
 そして、本日。慌てて飛び起き、時間と自分との妥協との戦いを終わらせて(期待と緊張による)ドキドキを感じながら、少し早く家を出た。無事、予定通りに待ち合わせ場所に到着することが出来たことに安堵しながら、鞄から携帯を取り出す。
(昨日の電話、遅い時間だったからもしかするとリョーマくんまだ寝てるかもしれない。ちょっとメールしてみようかな)
 手馴れた動作で、私は送信履歴の中から一番新しいアドレスを選ぶ。
(……事故に気をつけてね、っと)
 そうして本文を打ち終わり、送信完了するのを見届けた直後だった。
「静先輩」
「えっ?」
 聞き覚えのある声にびっくりして振り返ると、こちらを見つめる彼の瞳と視線がぶつかる。
 今さっきメールを送ったばかりなのに、何で彼が此処にいるんだろう。たった今着いたにしては、あまりにも早過ぎる。何より、今日は日曜日。この場所は人通りが激しい。そんな所で、人一人を素早く見つけ出すことは困難だし……。と、いうことは。
「待ちくたびれたっス。今日はいつもより遅かったね」
「……」
「……先輩?」
「えっ、あ。ごめんなさい。ちょっと準備に手間取って。……でも、びっくりした」
 びっくり? 疑問を投げかける眼差しが私に注がれる。
「どういう意味?」
「リョーマくん、早いなって思って」
「……まぁね」
 様子や言動からして、彼は少し前からこの場所に来ていたのだろう。それは、つまり。
 まだそうとは決まっていないのに、緩みかける口元をきゅっと締めてそう返すと、被っていた帽子を深く被り直すリョーマくん。
「……早く目が覚めたから」
「うん」
「それに、いつも先輩待たせるのも、何だか気分悪いし」
「うん」
「先輩が俺を待ってる間に何かあったら……心配だったし」
「……うん」
 早く目が覚めたから。なんて、きっと嘘。まだ眠たそうなその目がそれを語っていた。早起きは苦手なのに、私を案じて私が来るよりも前から待っててくれたのだろうか……。だとしたら、それは。それはとても嬉しい事実。私は自然と笑顔になって、ありがとうと呟く。
「……別に。それより早く、出発しない?」
「ふふ、そうだね。じゃ、行こっか」
「うっス」
 ――ありがとう。もう一度心の中で繰り返す。隣に並んでそっと手に触れると、リョーマくんはぎこちなく握り締めてくれた。
 じわじわと私の体に染み渡るそれは仄かに甘酸っぱい。自覚すると一気に溢れて、嬉しいような、恥ずかしいような感情につられて再び口元に笑みが零れた。
「……何、笑ってるんスか」
「ううん、何でもないよ」
「変なの」
 ……ねぇ、リョーマくん。この胸に広がる愛しさをどうやったら君に伝えられるだろう。言葉にするときっと君は照れてしまうし、全部余すことなく伝わることもないと思う。
 だから、繋いだ手から届くといいな。リョーマくんの優しい温かさを私が感じるように、君にもこの気持ちが届くといいな。
 ゆっくりと歩きながら、私はそんなことを願っていた。